社長ブログ

第7回 「当社創業の石」

     当社の社名、松島産業株式会社や墓石小売りショールーム、まつしまメモリーランドの由来になる「松島」は、地名でもありますが、もうひとつ当社創業時の唯一の商品「松島石」からも来ています。

     松島湾沿岸一帯の地層は火山灰が堆積してできた凝灰岩からなっています。この凝灰岩層に若干の土が覆い、その上に松の木が生えているのが、松島の風景となっています。
     この凝灰岩は軟石と呼ばれ、非常に柔らかく、風化や浸食の大きい石です。松島湾に浮かぶ島々が波の作用で大きく抉られて、その岩肌がむき出しになっているのは、よく知られる景色です。
     また、有名な観光地「瑞巌寺」の境内には、修行僧が掘ったと思われる穴や凹みが至る所にありますが、あれも全て凝灰岩の岩肌です。

     この松島湾一帯から産出される凝灰岩の石の事を『松島石』と呼びます。当社は、この石を採掘し、関東、関西、遠くは九州まで販売していたのが、会社としての始まりです。
     この石は前述したように非常に柔らかいため、容易に加工でき、加工機械のない昔から重宝されてきました。極端なことを言えば、何の道具がなくても爪でも掘ることが出来るくらいです。(爪はモース硬度2.5、凝灰岩は1 2、ちなみに大理石は4 5、御影石は6 7、ダイヤモンドが最高の10の硬さです)

     用途としては蔵や門塀の材料となったり、耐火性があるのを利用して暖炉や焼却炉に使われたり、また薄く挽いて装飾用に貼ったりと一時は販売先も大きく広がりました。
     ただ、同じ凝灰岩の仲間でも、栃木県の大谷石や秋田県の十和田石、静岡県の若草石等、人気と知名度の先行する石のシェアが大きく、そのうちに大理石や御影石を扱うようになるに従って、あまり重要視されなくなってきてしまいました。

     決定的だったのが、昭和53年の宮城県沖地震の時で、当時の施行方法にも問題があったのですが、民家の石の塀がほとんど倒れてしまい、松島石の需要はほとんどなくなってしまいました。
     当時は既に現在の基礎となる大理石や御影石が本業となり、松島石の比率は1割もなかったので、そのまま取り扱いを減らしてゆき、数年前に完全にその扱いをストップしました。
     当社創業の石ではありますが、凝灰岩という風化の早い柔らかい石であったため、時代の中で消えてしまった石であり、特段の感傷もなく私自身の頭の中からも、ほとんど消えかかっていました。
     しかしながら、改めてその石の存在と意義について考えさせられる事に、つい最近出会う事となりました。

     凝灰岩の風化は20年 30年、長くもっても100年くらいと思っていたところ、奈良県の明日香村で見た高松塚古墳の石室は全て凝灰岩から出来ていました。7世紀後半の物と言われているので、千三百年以上も前の石です。四方の壁と天井には、極彩色の絵が残され、当時を語る貴重な資料として、全国的に脚光を浴びました。
     現地に行って、初めて気づいたのですが、それが当社の創業の石と同じ材質であり、しかも千三百年経った今でも風化しないで、貴重な歴史を現代まで守り伝えたのが、凝灰岩であった、という事実。

     まるで家族や先祖を誉められたような、なぜか自慢したくなるような気分で、古墳の絵を見つめました。そして帰ったら、もう一度松島石の在庫の石を見てみようと思いました。

    第7回 「当社創業の石」

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