シチリア島の第3弾です。
シチリア島は州都がパレルモとなっており人口は66万人だそうです。
イタリアの国の中ではこれでもローマやミラノなどの巨大都市を含めても人口順位で第5位の大きい街ですが、日本での知名度や日本人で訪れている人の少なさはその文化の複雑さも影響あるのでしょうか?
ローマを譬えにするまでもなく、イタリアの都市はローマらしさ、フィレンツェらしさ、ベネチアらしさがそのままその街の魅力です。長い歴史とその重みも街の魅力につながって現地に行きたくなるのが観光地です。
ところがここパレルモもシチリア島自体もそのらしさが分かり難く、連綿と続いた歴史というものが表に出ない、複雑な地域なのです。
前々回のアグリジェントの項でも書きましたが、歴史が複雑で理解が難しいです。簡単に説明すると、初めは古代ギリシャ人がやってきて街を作りました。その後、フェニキア人、古代ローマ人、ビザンチン帝国と支配者が変わり、9世紀には北アフリカからイスラム勢力が侵攻しパレルモはイスラム国家の首都になりました。
それだけ地中海文明の中の要衝の地を占めており、温暖な気候と肥沃な土壌は交易にも定住にも適した場所で「シチリア島は地中海の十字路」とも呼ばれたところでした。
またその後は11世紀にノルマン人、近代にはフランスやスペインにも領有され、文化と人種の融合地がこのシチリア島だったようです。それで、イタリア人やヨーロッパ人にも異国情緒を感じるエキゾチックでカオスのようなシチリアは観光地としても超有名ですが、日本人の我われからすればもっと単純ならしさを求めてしまいその複雑さを嫌ったものでしょう。また、商業的にも大きな産業や地域の特産も少なく、日本人の商社や貿易相手としてのシチリアが後れを取ったのも、シチリアが観光地として日本に定着しなかった理由かもしれません。
更には、『ゴッドファーザー』の映画でシチリアンマフィアの抗争を刺激的に描いたことも一つの遠因かもしれません。
(シチリアの名誉の為に追記しておきますが、今回の滞在中にそのような危険な世情や風聞に出合う事は全くありませんでした。また人も朗らかで親切だったことを付け加えておきます。)


