社長ブログ

第231回 「シチリア島 石紀行2」

    イタリア・シチリア島・アグリジェントの話の続きです。
    前回のコラムで凝灰岩使用の驚きを記載しましたが、石の特徴としてメリットもあります。
    一番は軟らかくて加工がしやすいという事です。
    そして密度が粗いため比重が小さく1.5程度です。
    (トラバーチンなど石灰岩は2.3程度、大理石は2.7前後、花崗岩は2.7~3.0程度で、つまり同じ大きさでも石灰岩からは7割程度、大理石からは半分程度の重量しかないという事です)
    それらの利点でこの石を活用したものと思いますが、それでも水の1.5倍の重さですから採掘や運搬にはいろんな工夫もありました。
    神殿が建っている敷地の中に石を運んだと思われる遺跡も出てきました。
    側溝の真ん中に石を乗せるモノレールがあり、その両側にたとえば車輪?のようなものを走らせてその石を支えながら移動させる運搬道路を作って作業効率を高めていたのでしょうか。
    或いはその溝に水を流したものかもしれないし、ピラミッドのように梃子やコロを使ったのかもしれません。
    この溝の使い方の説明を聞くのを忘れましたが、いずれの方法にしろ今でいう自動搬送のような省力化、効率化のイノベーションだったのでしょう。

    また、効率だけでなく芸術や遊び心のある人々だったか、或いは信仰心の篤いせいなのか、神殿の中の梁を支える支柱の代わりに、人型を象った巨人の石造をヒト型のまま縦に並べてその上に回廊の梁を乗せた石が見つかりました。
    それをモックアップしたものが現地に飾られていますが、もちろんこれも同じ凝灰岩です。
    まるで達磨落としのピースのように重ねていますが、もとは一個一個中に穴をあけて腐れ難いレバノン杉をジョイントとしてつないで崩れないように立っていたようです。
    大きさに驚かされただけでなく、当時の参拝者からは畏敬の想いで眺められたのでしょう。
    まるでギリシャ神話の一場面を見るようです。

     最後の凝灰岩の壁の写真ですが、こちらは軟らかくて彫り易い石の特徴を利用して大きな祠を何個も作ってあります。このようなものは日本の凝灰岩地域にも多くあって、平安時代から鎌倉、室町期に特に行者や修行僧がそこで瞑想にふけった場所とか寝泊まりしたとかの場所になっていました。
    こちらの石祠の使用時代はギリシャ時代でも、ローマ時代でもなく、それより後のビザンチン時代の事で、その用途はお墓として使われていたと説明がありました​。
    日本で言うとお墓は土に還す場所としての意味があるので、この祠に遺体を置いても土には還らないのでは?と思いましたが、ここは風葬とか鳥葬とかつまり自然に遺体を風化させてしまう場所だったのでしょうか。
    或いはお棺を収めてそのまま故人の安住の場所とすべく考えたのでしょうか?
    こちらも時間が無く詳しい説明を聞く事が出来ませんでした。

    いずれにしても、オリーブとアーモンドの育つ大地の中に突然湧き上がった凝灰岩の隆起を生活の中に、また神殿や巨大建造物に、そして最後はお墓に活用したシチリア島の世界遺産を大きな感激と驚きで見る事が出来ました。

    第231回 「シチリア島 石紀行2」

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