社長ブログ

第159回 「ギリシャ コリント」

    アテネからミケーネに行く途中に、ちょうどペロポネソス半島の一番くびれたあたりにコリントスという街があります。

    実は知っているようでみんな知らない常識なのですが、このペロポネソス半島というのはほんのわずかな人口海峡を挟んで島になっているのです。

    これは19世紀にスエズ運河を開削した人が二匹目のどじょうを狙ってここに運河を作って分断したためです。

    写真1でわかるように川幅こそわずかに23メートルしかないものの、崖の高さは最大79メートル、長さは何と6.3キロメートルのコリントス運河によって完全にギリシャ本土とペロポネソス半島(島)を分断しているのです。

    時間とお金をかけて完成したものの、スエズ運河ほどにはその利便性や認知度は無いのですが、近年はこの運河を船で渡る観光船が活躍しているようです。

    そんなコリントスですが、ミケーネ時代はペロポネソス半島のスパルタやコンリトスとアテネなどの本土を結ぶ中間地点として、流通や貿易、また海運などで大いに栄えた時期があったようです。

    写真2は古代コリントスのアポロン神殿で今は近くに博物館が併設されており、街に隣接する急峻な岩山の頂上には街の守り神であるアフロディーテ(ビーナス)の神殿もあります。

    紀元前は如何に繁栄していたのか、その石組みの城壁や発掘再現される建物の立派さは容易に当時を思い起こせます。

    そしてもう一つ、中学高校時代の聖書の時間(中学高校はミッションスクールで週1回の聖書の時間がありました)で覚えさせられた、キリストの弟子パウロによるコリント人への手紙というものが、ここコリントスが舞台であったことをここで初めて知りました。

    使徒パウロはキリストが処刑された後、その教えを広めるためコリントスに滞在し、信者を集めたものの、後にコリント市民が堕落するのを聞いて、それを諭したのがコリント人への手紙1、2ということだったそうです。

    そして写真3がパウロがコリントスに滞在しているときにコリント人に教えを授けた広場と言われています。

    2000年前の息吹がすぐそこにあるような、タイムマシーンのような石組みの街でした。

    第159回 「ギリシャ コリント」

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