随分と遠い昔の話で恐縮ですが、10代後半に川端康成の「伊豆の踊子」を読み、影響を強く受けていた時期があります。
高校3年生の1月半ばにどうしてもその場所を見たくなって、伊豆天城の小説の舞台を一人で訪ね歩いた事がありました。
その折、まだ若いこともあり何ら予約もしなければルートも決めない、ただ行き当たりばったりの、無茶な貧乏旅行でした。
片手に「伊豆の踊子」の文庫本を持ち、地図を頼りのきままな旅でも、さすがに夕方近くなれば泊まる所を決めなくてはならなかったのですが、自分勝手に川端康成が執筆した湯ヶ島温泉の湯本館に飛び込みで泊まるつもりに決め込んでいました。
確か、正月の繁忙期が過ぎた1月中旬の事で、比較的お客さんは少なく乗り物なども空いていて良かったのですが、その湯本館に着いてお願いしたところ、
「正月の忙しさが終わったので、社員さんの休みも兼ねてその日から数日全館休業が決まっている」
との事。
社員さん達と見受けられる方々が中位の荷物を持って、笑顔でそれぞれの故郷へ向かう場面にちょうど行き当たってしまいました。
帰郷に忙しい社員さん達にとっては、突然予約無しで来た貧乏学生の相手などしていられず、そそくさと出て行ってしまいましたが、落胆した私に女将さんとおぼしき方が、声をかけてくれて、
「せっかく来たんだから、川端さん(川端康成の執筆の部屋の事)を見ていきなさい」
と言ってもらい、二階の角部屋のその部屋を見せてもらいました。
その後何を話したかは覚えていませんが、ちょうど湯本館を探している時に、急に雨が降ってきて頭から足元まで濡れてしまい、ずぶ濡れの姿がかわいそうに思ってもらったのか、寒そうに見えたのか、女将さんから
「何のお構いも出来ないし、料理も向かいの旅館から運んでもらうので良ければ」
という事で宿泊させてもらえることになりました。
確か一階の角の二間続きの大きな部屋に用意してもらったのでしたが、またまた勝手なお願いで、その川端さん(四畳半のすごく小さな部屋)に泊めてもらえないかと、無茶なお願いを重ねてしまいました。
当然その部屋はお客さんを泊める部屋ではなく、歴史的資料としても貴重な、見学用の部屋だったのですが、しょうがない特別だよとの許しを頂き、その川端さんに2泊させてもらえました。
いつかその時のお礼をと思いながら、なかなか行く機会がなく、思い出す度にもう一度行きたいと思い続けていましたが、ようやく先日30数年ぶりに天城湯ケ島と湯ヶ野、修善寺などを見てきました。
(長くなったので、この話は次回に続けます。)


